東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)168号 判決 1978年10月31日
原告
テキサス、インストルメンツ、インコーポレーテツド
右訴訟代理人弁理士
浅村皓
外二名
被告
特許庁長官
熊谷善二
右指定代理人
林鉐三
外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。
事実および理由
<前略>
第二争いのない事実
一特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四一年六月二八日、特許庁に対し、名称を「封入包装半導体装置」とする発明につき(一九六五年(昭和四〇年)六月二八日アメリカ合衆国にした特許出願に基づき優先権を主張して)特許出願をしたが、昭和四三年七月二日、これを実用新案登録願に出願変更した。しかし、昭和四四年二月一三日拒絶査定がなされたので、それに対し原告は審判の請求をし、同年審判第四三〇六号事件として審理されたが、昭和四九年八月一日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は(出訴期間として三か月を附加する旨の決定とともに)昭和四九年八月三一日原告に送達された。
二本願実用新案登録の請求の範囲
(イ) 金属板の装着領域の一端から突き出ていてそれの一部をなしかつ熱伝導性であるタブ部分と、
(ロ) 前記装着タブの反対側に位置する、前記装着領域の側から互に平行に延びている複数個の金属導体ストリツプとを有し、
(ハ) 前記導体ストリツプのうちの一つは前記装着領域の一部をなす延長であり、
(ニ) その導体ストリツプの残りの各々は前記装着領域に近接しかつそれから離れて位置している端部分を有し、
(ホ) 前記導体ストリツプの残りの各々の端は半導体ウエーハーの各領域に電気的に接続されており、
(ヘ) 前記装着タブは前記導体ストリツプのどれよりも幅広くかつ少なくとも前記導体ストリツプの一つの全幅に及んでおり、
(ト) 前記導体ストリツプの反対の端は前記金属板の一部をなす横部分によつて結合されているような金属板であつて、
(チ) 第一領域が前記金属板の前記装着領域と良好な電気的かつ熱的接続状態で装着された半導体物質のウエーハーと、
(リ) 前記装着タブと絶縁塊から突き出ている前記導体ストリツプを残して半導体ウエーハーと、前記装着領域附近の導体ストリツプの部分を囲み、
(ヌ) それによつて前記横部分に近接した導体ストリツプの切断が前記導体ストリツプを相互に電気的に絶縁状態にならせるような
(ル) 前記絶縁塊とを含む
(ヲ) 半導体装置
三審決の理由
本願考案の要旨は、「金属板の装着領域の一端から突きでていてそれの一部をなしかつ熱伝導性であるタブ部分と、前記装着タブの反対側に位置する前記装着領域の側から互に平行に延びている複数個の金属導体ストリツプとを有し、前記導体ストリツプのうちの一つは前記装着領域の一部をなす延長であり、その導体ストリツプの残りの各々は前記装着領域に近接しかつそれから離れて位置している端部分を有し、その端部分は半導体ウエーハママの各領域に電気的に接続されており、前記装着タブは前記導体ストリツプのどれよりも幅広くかつ少なくともその一つの全巾におよんでおり、第一領域が前記装着領域と良好な電気的かつ熱的接続状態で装着された半導体ウエーハと、半導体ウエーハと前記装着領域付近の導体ストリツプの部分を囲む絶縁塊とを含む半導体装置」にあるものと認める。
なお、実用新案登録請求の範囲における「前記導体ストリツプの反対の端は前記金属板の一部をなす横部分によつて結合されているような金属板であつて」、「横部分に近接した導体ストリツプの切断が前記導体ストリツプを相互に電気的に絶縁状態にならせる」なる記載は、本願半導体装置の製作過程中の金属板の形状及び導体ストリツプの製作方法に関するものであつて、半導体装置の構造に何等結びつくものでないから、この記載事項を除外して本願考案の要旨を前記のように認定した。
これに対し、原査定の拒絶理由に引用された実公昭三三―三三三七号公報(第一引用例)には、半導体ウエーハの一領域と電気的かつ熱的接続状態にある金属導体ストリツプにより半導体装置を機械的に支持するとともに放熱及び半導体装置の外部への電気的接続をなすようにした半導体装置が記載されており、特公昭三六―一五二〇九号公報(第二引用例)には、金属板に設けられた接続導体ストリツプの一つに半導体素子を熱的、電気的に接続して載置し、半導体素子の他の電極と接続導体ストリツプとを接続し、遮蔽体を組立てた後に余分の金属部分を切りとり、同一平面上に配列された接続導体ストリツプを形成するようにした密封包囲半導体装置が記載されている。
そこで本願の考案と第一引用例に記載されたものを対比すると、両者は、半導体ウエーハの一領域と良好な電気的かつ熱的接続状態にあり放熱作用及び半導体装置の外部への電気的接続をなすとともに半導体ウエーハを支持する金属導体ストリツプを有する半導体装置であることで共通しており、次の点で相違が認められる。
(1) 本願考案は金属板の装着領域の一端から突きでていてそれの一部をなすタブ部分と前記装置タブの反対側に位置する前記装着領域の側から互に平行に延びている複数の金属導体ストリツプとを有し、前記導体ストリツプのうちの一つは前記装着領域の一部をなす延長であり前記装着タブは導体ストリツプのどれよりも巾広くかつ少なくともそれの一つの全巾におよんでいるのに対し、第一引用例に記載のものは本願考案のように構成されていない。
(2) 本願考案は半導体ウエーハ及びその付近の導体ストリツプの部分を絶縁材料で囲むのに対し、第二引用例のものは密封する旨特に記載されていない。
次にこの相違点について検討する。
(1)について。半導体ウエーハを熱的、電気的に接続した状態で導体ストリツプ上に載置し、この導体ストリツプと半導体ウエーハの他の電極に接続する導体ストリツプを同一平面上に配列した半導体装置は第二引用例に開示されており、また、導体ストリツプを互に平行に配列したり放熱作用を良好にするために導体ストリツプの巾を広くすることは、いずれも常套手段であるから、本願考案のように、金属板の装着領域の一端から突きでていてそれの一部をなすタブ部分と前記装着タブの反対側に位置する前記装着領域の側から互に平行に延びている複数の導体ストリツプとを有し、前記装着タブは導体ストリツプのどれよりも巾広くかつ少なくともそれの一つの全巾におよんでいるように構成することは当業者がきわめて容易になしうるものと認められる。更に、本願の考案は、「導体ストリツプのうち一つは装着領域の一部をなす延長である」ことを構成要件の一つにしているが、この構成は、明細書及び審判請求書の記載を精査しても格別の技術的意義を認めることができないので、当業者が必要に応じ適宜改変することができる事項であるといわざるをえない。
(2)について。半導体装置において半導体ウエーハ及びその付近の導体ストリツプの部分を絶縁材料で囲み密封することは常用手段であるから、第一引用例に記載のものにこの密封手段を採択することは当業者の容易に想到することができるものと認める。
以上のとおりであるから、本願の考案は、第一及び第二引用刊行物に記載された技術内容に基いてきわめて容易に考案することができたものというべきであり、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。
四技術事項
(一) 次の事項は常套手段である。
(1) 金属ストリツプをボルトとナツトでシヤーシ等に装着する際に、金属ストリツプに加えられるトルクに強くするために金属ストリツプの幅を広くすること
(2) 放熱作用を良好にするために、金属ストリツプの表面積を広くすること
(3) 半導体装置における導体ストリツプを同一平面上において互いに平行に配列すること
(二) 第二引用例の技術内容は審決で認定されているとおりである。
第三争点
一原告の主張(審決を取消すべき事由)
(一) 審決は本願考案の要旨の認定を誤つている。
すなわち、本願考案の要旨は、前記第二、二の本願実用新案登録請求の範囲のとおりであり、これを構成要件に分解すると、前記第二、二の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ヲ)のとおりとなるが、審決はそのうち(ト)(ヌ)を除外して本願考案の要旨を認定した。
現行実用新案法においては、「方法」又は「生産方法」を構成要件の一部とする「物」という考案のカテゴリーを認めるべきであり、この構成要件の一部である「方法」又は「生産方法」による作用効果も考案の進歩性の有無を判断するための根拠とされなければならない なぜなら、実用新案法二条一項で、考案を「自然法則を利用した技術的思想の創作」と規定し、同法一条、三条においては、旧法(大正一〇年法)における「型」の文言がなく、また同法五条には「物品の形状、構成又は組合せ」という文言がないところから明らかなように、実用新案法においては、考案を特許法における発明とその程度の高低を除き、何ら区別していないからである。ただ実用新案法一条で、「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」を保護の対象としている点で特許法と異るが、これは、保護の対象となる考案の範囲を拡げることを避けただけにすぎないから、この規定は、「方法」又は「生産方法」を構成要件の一部とする「物」という考案のように、保護の範囲を減縮するものに対する障碍とはならない。
本願考案についてこれを見ると、構成要件(ト)、(ヌ)は、本願明細書第1図に示された本願考案の装置の最終的形状、構造を特定するために必要な要件ではないが、本願考案の装置の製作過程において、ストリツプの配列が正確かつ簡単にでき、結局、最終的形状、構造が正確かつ能率よくできるという作用効果を有するものである。本願考案は右最終的形状、構造が構成要件(ト)、(ヌ)の工程によつて作成された場合に限つて保護を求めているのであるから、(ト)、(ヌ)は当然本願考案の要旨に含まれるものである。<中略>
二被告の答弁
(一) 取消事由(一)について
実用新案法三条の規定によれば、実用新案登録請求の範囲の記載中「物品の形状、構造又は組合せ」に関係のない記載が登録されるべき考案の構成要件とはなりえないことは明らかである。
現行実用新案法においては、保護の対象が「型」から「考案」に移行、つまり「発明」に近づいたといわれている。しかし、「方法」をも保護対象とする特許法においてすら規定されていない、「生産方法」を構成要件の一部とする「物」というカテゴリーを、「方法」を保護対象としない実用新案法に導入する余地は全くない。
原告は右のカテゴリーは、保護の範囲を減縮するものであるから、実用新案法一条に反しない旨主張する。しかし、原告の主張はたとえ構成要件の一部であつても方法にも保護を認めようというのであるから、これは正に、実用新案法の保護対象である考案の範囲を拡げたことになる。したがつて、「方法」自体を保護対象としない実用新案法の下においては、たとえ構成要件の一部としてでも「方法」は保護の対象となりえないと解するのが立法の趣旨に沿う所以である。
ただし、極めて例外的に、実用新案法の下において「方法」の導入される場合がない訳ではない。
その第一は、物品の形状、構造又は組合せを明示するために、「方法」的記載がきわめて有効であるような場合である。しかし、本件の場合はこれに当らないことは原告の自認するところである。
第二に、「方法」上の効果が考慮される場合があるが、しかし、ここにおいても、考慮されている効果というのは、あくまでも、実用新案法の保護対象となるものは、製造行程を経た最終の形態の物品そのものであるという前提に立ち、物品を特定の形状、構造、又は組合せにしたことによる「製法」上の効果であつて、特定の「製法」にしたことによる効果ではない。原告が主張する構成要件(ト)、(ヌ)にもとづく、ストリツプの配列が正確かつ簡単にでき、結局、最終的形状、構造が正確かつ能率よくできるという作用効果は、まさに、(ト)、(ヌ)という特定の製法にしたことそれ自体によるものであつて、半導体装置を本願明細書第1図に示す特定の形状、構造にしたことによるものではないから、これを本願考案の進歩性の根拠とすることはできない。
(二) 取消事由(二)について<省略>
第四当裁判所の判断
一取消事由(一)について
旧実用新案法(大正一〇年法)一条は、実用新案登録による保護の対象を「型」とし、方法に関する考案を対象外としていた。これに対し、現行実用新案法(以下「実用新案法」という)二条一項においては、考案を「自然法則を利用した技術思想の創作」と定義し、創作の高度性を要求しない点を除けば、特許法二条一項の発明の定義と何ら変りのないものとしている。しかし、そうだからといつて、実用新案法が、特許法と同様に、方法に関する考案をも保護の対象としていると解することはできない。このことは、実用新案法一条、三条において、保護対象を物品の形状、構造又は組合せに係る考案に限つていることから明らかである(明細書の作成を規定する同法五条三項、四項には、考案とあるのみで、何ら制限がないように見えるが、これは、同法一条、三条を前提とした規定であるから、方法に関する考案を含むものではない。)
原告は、「方法」又は「生産方法」を構成要件の一部とする「物」という考案を認めても、保護の範囲を減縮するものであるから、実用新案法一条に反しない旨主張する。なるほど、ある物品の形状、構造又は組合せに関する考案を、多数ある製作方法の中から特別のものを選び、特別の製作方法によつて作成された物品の形状、構造、又は組合せの考案とすれば、後者は前者に比べ、方法で限定されている分だけ登録請求の範囲が減縮されているということはできる。ところが、原告の主張によれば、そのような方法による作用効果も考案の進歩性の有無を判断するための根拠としなければならないというのである。しかし、そのようにすると、最終的な物品の形状、構造又は組合せに進歩性がなくても、その中間の製造過程の方法自体に進歩性があるときには、その考案を登録しなければならないことになる。これは結局、物品の形状、構造又は組合せでなく方法自体の考案が登録されたのと同じことになるから、このようなことを認めることは、方法に関する考案を保護の対象外とする実用新案法の建前を没却することになる。
したがつて、物品の形状、構的又は組合せに係る考案のみを保護の対象とする実用新案法の下においては、考案の構成要件の中に方法的記載が例外的に容認されるのは、あくまでも、最終的な物品の形状、構造又は組合せに係る考案を特定するために必要な場合だけであり、また方法の効果が考慮されるのは、物品の特定の形状、構造又は組合せに係る考案が製法に反映して顕著な効果を発揮する場合に限られる(後者は、とりもなおさず右の考案自体の効果である。)と解すべきである。要するに、製法上の創作は、現行法上、それ自体について特許法による保護を受けるか、製造過程における中間構造体について、特許法又は実用新案法による保護を受けるほかはない。
これを本件についてみると、原告が主張する構成要件(ト)、(ヌ)は、本願明細書第1図に示された本願考案の装置の最終的形状、構造を特定するために必要な要件でないことは原告の自認するところであり、又、右(ト)、(ヌ)にもとづく、ストリツプの配列が正確かつ簡単にでき、結局、最終的形状、構造が正確かつ能率よくできるという作用効果は、(ト)、(ヌ)という中間の製造過程における方法自体に関するものであつて、右の最終的形状、構造にしたことの作用効果ではないから、これを本願考案の進歩性の根拠とすることはできない。
してみれば、右(ト)、(ヌ)を本願考案の要旨としなかつた審決の判断に誤りはないというべきである。
二取消事由(二)について<省略>
(小堀勇 舟本信光 石井彦壽)